明石家さんまと日航機墜落事故の意外な関係 

今から32年前の日本の航空機史上、最悪の墜落事故となった日航機墜落事故ですが、30年以上たった今、様々なエピソードが明らかになっています。

その一つが、お笑い怪獣こと明石家さんまさんが、その123便に搭乗予定だったことです。もし、あの時、いつもの通りさんまさんが123便で大阪移動していたら・・・。

ある意味、だれも想像できない世界だと思います。今回は、なぜ、さんまさんはその日に限って123便に搭乗しなかったのか?その理由を改めて調べてみました。

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◆明石家さんまは日航機墜落事故の123便を毎週利用

1985年当時、明石家さんまさんは、バラエティーにドラマに引っ張りだこ状態で、多忙を極めていました。特に今では伝説になりつつある、「オレたちひょうきん族」や「笑っていいとも」などのレギュラー番組を多数抱えていました。

そのほとんどが、在京局の番組でしたが、一部関西ローカルにもレギュラー番組があり、明石家さんまさんは、毎週東京と大阪間を移動していました。その東京から大阪への移動に際に、毎週利用していたのが、あの123便だった訳なんです。

当時、明石家さんまさんは、毎週月曜日の22時から大阪のラジオで生放送のレギュラー番組を持っていました。

通常、月曜日の午後まで、オレたちひょうきん族の収録があり、その後、18時発の日航123便を使って、大阪に戻り、ラジオ番組の生放送に出演していました。

ですから、事故のあった8月12日(月)も、いつも通りのスケジュールで、明石家さんまさんは、123便に予約を取り、搭乗予定でした。

ただ、その日に限って、「ひょうきん族」の収録が、いつもよりも早く終わったので、たまたま空席のあった1便早い全日空機に予約変更して、大阪に移動したため、123便の事故に巻き込まれずに済んだ訳です。

この一件以来、明石家さんまさんは、東京大阪の移動をはじめ国内の移動は基本的に鉄道を使用することにしているそうです。

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◆日航機墜落事故の123便に搭乗予定だった有名人

明石家さんまさんと同じように、この123便に搭乗予定だけど、乗らなかった著名人が何名かいらっしゃいます。その一人が、怪談話でおなじみの稲川淳二さんです。

稲川さんは、自身の怪談ビデオの中でも、この件について話されています。当時、稲川さんは、東京で「稲川淳二のためになる話」という健康番組の収録があって、その収録後に大阪での仕事のために123便で移動する予定でした。

ただ、その時の稲川さんは、とても体調がすぐれず、立っていられないほどの状態だったそうです。その番組のサポートに稲川さんの友人である和田美容研究所の和田さんがしていたそうです。

和田さんは、体調のすぐれなかった稲川さんに、「稲川さん、これ飲んでくださいよ。うちの研究所で開発したもんなんですけどね」と言って、サプリを渡したそうです。

稲川さんは、そのサプリを飲んで、ゆっくり休んだ上で、翌日の新幹線で大阪に移動することにしたので、123便をキャンセルして、難を逃れた訳です。

ただ、この話は、ここで終わらず、その稲川さんにサプリを渡した、和田さんも実は当日大阪に移動する予定でした。和田さんは本来、123便の後の便の予約でしたが、たまたま空港に早く到着し、123便に搭乗して事故に巻き込まれてしまったそうです。

さらに、その健康番組のディレクターは、123便の事故現場である御巣鷹山の現場に取材のために派遣されたそうです。

稲川淳二さんの他にも、アナウンサーの逸見政孝さんや元宝塚女優の麻実れいさん、舛添要一さんなどの名前が、ネット上では上がっています。

ネット上で色々と調べてみると、著名人に限らず、一般の方でも、搭乗予定であったが不可思議なことが起こって、搭乗できなかった人が何名かいたようです。

◆まとめ

明石家さんまさんと日航機事故との間にこんな関係があったとは正直しりませんでした。また、搭乗予定で乗らなかった有名人の方も多数いたことも解りました。一方で、航空機史上最悪の惨事になった事故で、多くの方が亡くなっているのも事実ですから、二度とこのような事故が起こらないように、航空会社には細心の注意を払っていただきたいです。

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